サティヤムベンチャージャパン株式会社 代表取締役 モチェルラ キショールさん
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入居者紹介「Gorai’インタビュー」vol.77
サティヤムベンチャージャパン株式会社 代表取締役 モチェルラ キショールさん
【自動車業界向けエンジニアリングサービス】

印ベンチャー企業サトベンが、日本支社を株式会社に。
2013年、広島に日本支店を開いたインドのベンチャー企業 Satyam-Venture Engineering Service Pvt.Ltd. 略してSatven (サトべン)。
開店当初より SO@Rビジネスポートにオフィスを置き、日本国内の自動車メーカーへ、デザイン、製造、システム等のエンジニア派遣やチーム編成してのビジネス開発を行ってきた。
当初850人だった社員は、ピーク時には1800人に。コロナ禍で、いったん減少したものの、現在1600人の社員を抱える。
日本支社には事務や経理などの社員4名が常駐しており、インド人を中心に約50名の社員を抱え、エンジニアとして各地に派遣。順調に拡大し、2024年2月14日、サティヤムベンチャージャパン株式会社として日本での法人成りを果たした。
2011年に入社し、ビジネスデヴェロップメントマネージャーとして日本支社立ち上げから関わってきたキショールさんが、2026年4月1日、代表取締役に就任した。

異なるものの掛け合わせが、新たな価値を生む。
「時代はミドルマネージャーを必要としていない」
顧客と社長の距離も、縮まった。
コロナ禍を経、現在は50%の事がオンラインで済むが、
「オンラインを30%に減らし、直接会うことを大切にしたい」
と、キショールさん。
週一で関東や関西などに出向き、2泊3日することも少なくない。
多忙だが、ビジネスアイデアのためには、インターネットでの情報収集のみならず、対面でのネットワーキングにも時間を割く。
異業種や異文化、日本とインドの違いなど、異なるものの
「”掛け合わせ”がいい」
例えば、日本に団子があるように、インドにも団子がある。それを掛け合わせることで、新商品のアイデアにもつながる。
「”ライバル”と思うと表面上で終わるが、外国人にも”見せる”関係性が価値を生む」
それを、肌で感じている。

”業者”ではなく、”パートナー”へ。
世界で最も人口の多い国となったインドは、高い経済成長率や、内需の拡大などを背景に、海外進出先としても注目を集めている。
スズキはインド市場に向けた現地製造で拡大し、海外へも販路を広げている。マツダは合弁会社をインドにつくり大型トラックやバスなどを製造している。
「自動車産業は、今がチャンス」
と、キショールさん。
サービスプロバイダーから、ソリューションプロバイダーへ。
”業者”ではなく、”パートナー”へ。
「ペインポイントを知る関係に」
そして、サトベンの先端技術と付加価値で、課題を技術的に解決する”薬”を提供したい。そのためには、効率や品質、コストパフォーマンスを更に上げるべく研鑽を怠らない。
産官学連携にも力を入れ、大学からのインターン受け入れや、地域サプライヤーと大学が連携したスタートアップグループに参加するなど、余念がない。

インドと日本の、架け橋に。
広島でG7サミットが行われた2023年には、インドと日本の架け橋として、広島日印協会(会長: 松本和久氏/(株)サタケ代表取締役社長)が設立された。
キショールさんは理事を務め、人的交流や文化交流、さらには経済交流など、両国の友好の発展に貢献。2025年には、情報技術やバイオテクノロジーなどの産業が発展し世界中の技術者が集まる場所として知られるハイデラバード県のある、テランガーナ州の首相を広島に招へいした。

インドで生まれ育ち、大学では機械を学んだ。学生の多くはアメリカやカナダ、オーストラリア等に行きたがったが、キショールさんは、”珍しいから”日本に行きたかったという。
そして25歳の時に初めて日本を訪れ、好きになった。
「特に、外国人に”明るい”広島が好き」
2013年にサトベン日本支店を広島に開設してからは、インドから奥さんと子どもたちを呼び寄せ、家族揃って広島で暮らしている。当時まだ小さかった娘たちは今、15歳と13歳。もちろん日本語はペラペラ、ヒンドゥー語や英語も学んでいる。インドの教育システムとは違い戸惑うこともあるが、子どもたちの成長は頼もしい。
インドでは大学講師だった妻は、現在、日本の大学に入って博士号を取得中。
家族とゆっくり過ごしたいというキショールさんだが・・・
もうしばらくは辛抱かな? (笑)

インタビュアー : (株)ソアラサービス 代表取締役社長 牛来 千鶴 掲載日:2026年5月7日
~キショールさんへの取材後インタビュー~



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