入居者紹介「Gorai’インタビュー」vol.33 宇田 未央さん 【グラフィックデザイン(チラシ、パンフレット、ポスター、ロゴ・マーク等)】
グラフィックデザイナーとして24歳で独立。 高校卒業後、デザイン専門学校で学び、デザイン事務所を経て、24歳という若さで独立した宇田さん。初めて彼女に会ったのは、その数年後。企画会社の販促プランナーだった私が、印刷物のデザインを依頼したのがきっかけだ。 「こんな若い女性が独りでやってるなんて、凄い! 」 というのが第一印象。 美しくて静かな印象の宇田さん。そんな彼女のどこにその強さが潜んでいるのか、ずっと気になっていた。 「独立は、衝動的だった」 と、宇田さん。 3年間務めたのは、デザイナー夫婦2人の事務所だったが、それはそれは厳しかった。しかし、 「厳しいことは、苦ではなかった」 印刷からデザインまで、学校では学べない現場の仕事を1から教わることができたからこそ、今がある。 衝動的に飛び出したとはいえ、こうして22年間フリーのグラフィックデザイナーとして活躍し充実した日々を送っている。 独立は、必然だったと感じている。
空手が縁で、出逢い、結婚。 「20代の頃は、世間知らずで、前しか見ていなかった」 と、宇田さん。 独立したばかりの頃は、デザインでフェアトレードに貢献できたらいいなと思い、青年海外協力隊に応募しようとも考えた。行くならアフリカだと決め、そのためには護身術を身に着けようと、空手道場の門戸を叩いた。 結局、空手の方が楽しくなって、グラフィックデザイナーの仕事を続けることに。そこで出逢った現在の夫と結婚、出産後もデザインの仕事を続けてこられたのは、 「デザインの仕事が好きだから」
子育てや家事と、仕事の両立は大変だ。思い通りにならなくて、焦ったり途方に暮れたこともある。しかし、時に子どもは、癒しも与えてくれた。 「いったん立ち止まって考えることが、きっと自分に必要だったのだ」 と、振り返って思う。 現在、一人息子は高校2年生。徹夜で仕事をする母に、 「大丈夫?」 と気遣ってくれる優しい子に成長した。 夫は、家事に積極的に参加するタイプではないが、何も文句を言わないことが何よりありがたい。 仕事を続けて来られたのも、子どもや夫のおかげ。
デザインは「翻訳」。 宇田さんが日々心がけているのは、 「お客さまの要望と、客層に合わせたデザイン」 デザイナーはアーティストではないので、自分のカラーを前面に出すことは控える。 「デザインは、”翻訳” のようなもの」 と、宇田さん。 伝えたいことを、受け取る人にちゃんと伝えるのがデザイナーの仕事。受け取る人の心に響くように。興味を引くように。 「どうしたら伝わるか」 常にそれを考えているという。
ベンチマークしているデザイナーは、グラフィックデザイナーの梅原真(うめばら まこと)さん。デザインの力で対象の良さ・本質を訴えるという仕事人としての姿勢に憧れる。 今後は、宇田さん自身も、地域の一次産業をデザインの力で生まれ変わらせる仕事もしてみたいと思っている。
いつも「衝動的に」決めてきた。 昨年、突然思い立って、宮島マラソンに出場した。 ふだんから走っていたというわけでもないし、誰かと一緒に出ようと約束したわけでもない。 「衝動的だった」 と、宇田さん。デザイナーの仕事はパソコンに向かってばかりで運動不足なので、運動するモチベーションを上げるため 「自分を追い込むためだった」 一見おとなしい印象の宇田さんだが、話を聴くほどに、その瞳の奥にある強さが伝わってきた。 独立も衝動的だったという宇田さんが、若くして独立し、結婚、子育てをしながらもブランク無く22年間デザインの仕事をし続けて来られたことも頷ける。
趣味も仕事も。 昔から、 「産業遺跡や工場が好き」 という宇田さん。 大久野島では工場や弾薬庫の跡、レンガ造りの建物に ”萌え” た。 軍艦島を訪れた折には、小さい島の上に、炭鉱跡や学校やビルがまるでついさっきまでそこに誰かが生活していたかのように遺っている異世界にロマンを感じたという。
SO@Rビジネスポートには、前身のひろしまSOHO’オフィスの頃から入居しており、かれこれ14年になるが、 「いろんな人が居て刺激になる」 という。 SO@Rスタッフの明閑(みょうかん)とは、工場好きという共通の趣味で盛り上がり、プライベートでも会う仲。レアな趣味なので(ネットではなく)リアルに話せる相手とはめったに出会えないそうで、この希少な出会いも入居して良かったことの一つ (笑) 現在、入居者数は120人を超えたSO@Rビジネスポート。多様な人が集うからこそ生まれる繋がりは幅広い。
インタビュアー : (株)ソアラサービス 代表取締役社長 牛来 千鶴
掲載日:2018年3月28日
Comments